ビートたけしの事故には細川ふみえと諸星が関与?2017年目の真実とは

芸能


ビートたけしのバイク事故が語られる時、いつもセットで話題に上るのが、1986年12月9日に起こした

フライデー襲撃事件」です。

バイク事故が起きたのは1994年なので、約8年前の事件になります。

このフライデー襲撃事件とバイク事故について、関係があるのではと間違った解釈をしている人も多いようですが、約8年も差があるので、どう考えても繋がりはなさそうです。

@beavertail_1102)さんの投稿

この事件はどんな事件だったのかというと、当時ビートたけし(39歳)と付き合っていた(21歳)の専門学校の女子学生が、ある日フライデーの記者から声を掛けられ、逃げようとしたところを阻止。

前方に立ちはだかったり、彼女の顔の前にテープレコーダーを突き付けたり、手を掴んで引っ張るなどの嫌がらせを行いました。

これにより、記者は女性に頸部捻挫や腰部捻傷で全治2週間の怪我を負わせました。

引用:お先にご無礼しました

@no_smile_no_life25)さんの投稿

この行動にビートたけしはもちろんブチ切れ!!します。

フライデーの発行元、講談社に電話を掛けて抗議。

しかし話は平行線を辿ってしまったようで、ビートたけしは「今から行ってやろうか」と電話を切り、

翌日の12月9日の午前3時過ぎに、北野武は弟子の集団のたけし軍団である11人と手を組んで、タクシー3台を使って講談社本館にあるフライデー編集部に押し掛けました。

北野武が「担当者を出せ!」と迫ったら、どちらからともなく一斉にもみ合いになったそうです。

そして、北野武とたけし軍団メンバーが「ブチ殺すぞ、この野郎!おれらは刑務所行きも覚悟している!」など怒鳴りながら立ち向かいました。

その後、粉末消火器を噴射したり、室内にあった拳や雨傘などで、殴ったり蹴ったりして助骨骨折など、相手に全治1週間から1ヶ月の傷害を負わせました。

そして、北野武とたけし軍団メンバーは大塚警察署により、住居侵入や器物損壊、暴行の容疑で現行犯逮捕されました。

引用:お先にご無礼しました

@soouulsugar)さんの投稿

事件後、講談社は、どういう態度を見せたのかというと、

言論、出版の自由を脅かす暴挙に対して、断固たる態度で臨む」とコメントを出しました。

1987年6月10日、東京地方裁判所は北野武に対して、懲役6ヶ月、執行猶予2年の判決を下し、その後控訴しなかったため確定しました。

1987年3月2日、たけし軍団メンバーは、起訴猶予処分となりました。

判決を下した裁判官は、北野武とたけし軍団メンバーの行為を厳しく断罪しましたが、フライデーの過剰な取材にも苦言を呈しました。

その後、北野武とたけし軍団メンバーは芸能活動を再開していったが、しばらくの間はテレビ局や所属事務所などに各種団体が抗議に訪れるなどし、事件の影響はとても大きいものでした。

引用:お先にご無礼しました

2017年に明かされたフライデー事件の真相

2017年9月に放送された「池上彰が見た!たけしと戦後ニッポン」という番組の中で、ビートたけしはフライデー襲撃事件のある真実を語りました。

事件の発端は、フリーの記者だと名乗る人が「お金が無いから取材させてくれ。その記事を売ってお金にする。悪口は書きません」と言ってきたことが始まりだった。

かわいそうだと思って受けてやったが、確かに最初の記事は大したことなかった。

しかし、どんどん記者と親密になって楽屋にいつもいる関係になっていった。

その時期から、芸能界のスキャンダルがやたらフライデーに出るようになって、その記者がスパイをやっていたんじゃないかと疑い、調べてみたらそうだった。

それから、講談社と話し合いになり、その記者本人が出てこなかったため、暴力事件に発展した。

引用:お先にご無礼しました

@kitanoblue_official)さんの投稿

なんですか!?この真実は…!?ビートたけしは懲役6ヶ月執行猶予2年の判決を下されているというのに、何一つ悪いことをしていないじゃないですか…。

もしも講談社に直談判しなかったとすれば、ただ泣き寝入りしていただけだった…ということになるはず。

フリーの記者だと名乗る人がスパイだったこと、フライデーは知っていた可能性が高いのです。

だって、次々とスクープを持ってくるなんて明らかに変です。

ビートたけし…今や誰もが彼を恐れるような存在になりましたが、かつては被害者にされることもあったということになりますね。

しばらくテレビに出られない時期があっても、人間諦めなければスターになれる…この事件が教えてくれたのはそういう教訓なのかもしれません。


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