千代の富士・九重親方が死去・・・激やせ4日目急変で死去直前の様子がヤバすぎる…

大相撲の元横綱「千代の富士」の九重貢親方が

7月31日、死去したことがわかった。61歳だった。

すい臓がんで闘病していたが、

激やせ4日目急変で死去直前の様子がヤバすぎる…


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大相撲で史上3位の優勝31回を誇り、

昭和から平成にかけて一時代を築いた元横綱千代の富士の

九重親方(本名・秋元貢=あきもと・みつぐ)が

31日午後5時11分、

膵臓がんのため東京都文京区の東京大学附属病院で死去した。61歳だった。

 

「小さな大横綱」が、病魔に屈した。

大相撲の枠を超えた国民的ヒーローの死。

昭和の灯が、またひとつ消えた。

 

複数の部屋関係者によれば、

同親方は7月の名古屋場所前から同地へ入り、

部屋の稽古では連日、力士らに声をかけていた。

 

周囲は急激に痩せた姿を目の当たりにして、驚いたという。

現役時代の九重親方は身長1メートル83、

横綱となっても125キロ前後と小兵ながら、大型力士を次々となぎ倒した。

 

贅肉(ぜいにく)とは無縁で、

アスリートを思わせる引き締まった肉体は病魔でやせ細り、

関係者の一人は「(体重が)100キロを割ったと聞いた。

現役時代から初めてのこと。衝撃を受けた」と明かす。


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激やせ4日目に様子が急変

すでに固形物を受けつけず、

ミキサーでつくったフルーツジュース程度しか口にできなかったという。

 

名古屋場所には所属する監査委員室に

初日から現れていたが4日目に様子が急変。

 

重い足取りで室内に入り、いすに座ると机に突っ伏した。

「きついなあ…。きついよ」。大きなマスク越しに声を絞り出し、目を閉じた。

“小さな大横綱”が、やせ我慢もできないほど弱っていた。

 

昭和45年秋場所初土俵

左前まわしを引いて一直線の寄り、

電光石火の速攻で出世街道を駆け上がり、「ウルフフィーバー」を巻き起こした。

 

相手の頭を押さえつけて土俵へたたきつける

豪快な上手投げは「ウルフスペシャル」と命名された。

 

最後の最後まで、人生の“気力”を燃やし続けた

威圧感が常に漂っていたが、涙もろいところも。

弟子の断髪式では関取になれなくても努力した姿を思い浮かべ

人目をはばからずに号泣。

ライバル北の湖理事長の死去翌日には真っ赤に腫れた目で

「切ないよな」とつぶやいた。

 

名古屋場所は初めから休場する選択肢もあったという。

それでも、有力後援者には「しんどいけど、闘病に引退はないから」と伝えていた。

最後の最後まで、人生の“気力”を燃やし続けた。


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