「福島県民お断り」という女子中学生が書いた作文。共感と批判が殺到

SNSで拡散され「共感」を呼んでいる
福島県出身の女子中学生が書いた作文『福島県民お断り』とは!?



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女子中学生が感じた「偏見」と「共感」

今ネットで『福島県民お断り』というタイトルの作文が話題になっています。

法務省主催の全国中学生人権作文コンテストで法務省人権擁護局長賞を受賞した作品で、書いたのは宮城県の女川町の女川中三年の門馬瑠々(もんま るる)さん。
福島県南相馬市で生まれ育った門馬さんは小学3年生の時、東日本大震災による原発事故により南相馬市は人が住めない地となり、避難を余儀なくされました。
親戚がいる栃木県に避難する途中で寄った店で、門馬さんは衝撃的なものを見てしまったといいます。

それは、駐車場に停めてあった車に、「福島県民お断り」と書かれたステッカーを貼った車があったのです。

私はそれを見て、これからの事が不安だったこともあり、「え?」とただただパニックになり、意味を理解したとき、悲しい気持ちになりました。

未曾有の事故で日本全体がパニックのようになった時期。今はここまで酷いことはないと思いますが、東日本大震災から5年後の2016年、福島県への偏見がまだまだ消えていないことを思い知ることになったのだとか。

それは熊本地震の支援のため、祖母の知人が物資を届けに行ったときのこと。

決して近いとはいえない熊本に、福島から行ったのにも関わらず、「福島の物資はいらない」と現地の方々に拒否されたそうです。

現地の方々も、放射能の被害を恐れての発言だったのでしょう。しかし、被災した方々のために、直接届けに来てくれた人に向かってどうしてそのような心ない言葉が言えるのだろうとむなしさがこみ上げてきました。

持っていった物資は別の場所で受け取ってもらったそうですが、

この話を聞き、福島県の風評被害は今なお続いているのだと恐ろしい気持ちになりました。

同じ日本人なのに、どうして福島県から来ただけで、このようなひどい言葉をかけられなければならないのでしょうか。私が育った町や人が否定されるならば、私の今までの人生までも否定されている気がしました。

震災で避難生活を送っている時、周りの視線が「福島県民だ」と言っているかのようでとても気になっていたといいます。

小学5年生の時、宮城県女川町に引っ越した門馬さん一家。また「福島県民だ」と偏見を持たれるのではと危惧したそうですが・・・


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自己紹介を終えて指定された席に着くと、周りは男の子達でした。するとその中の一人が、私に「福島から来たんでしょ?」と聞いてきました。私はその質問にひどく動揺し、この後何か言われるのだろうかと思いました。

しかし、聞こえてきたのは私の想像するものではなく「大変だったね」という気づかいの言葉でした。他の子達も「友達にならない?」「一緒に遊ぼう」などど、とても優しく接してくれました。

女川町もまた東日本大震災の津波で大きな被害を被った土地。家を失ったばかりではなく、家族や親戚、友達を失った人も少なくないのに明るく振る舞う女川の人たち。

同時に、苦しい思いをしているのは自分だとばかり主張して、ふさぎ込んでいたのが「なんだ、この人達の方が辛かったんじゃないか」と思い、自分が情けなくなりました。女川町の人達は本当に強い人ばかりで、何度も助けられました。

自分の気持ちをあらわすことが苦手になっていた門馬さんは、女川の人たちの力強さに助けられ、変わっていったそうです。

そしてこれまで経験してきた「偏見」と「共感」から得たことを次のようにまとめています。

「偏見」とは、自分の勝手なものさしで周りのものを判断することです。相手の気持ちを無視した、とても自分勝手な行動だと思います。

皆さんは、人と関わる時、偏見をもって接することはないでしょうか。「あの人はテストの点数が悪いから頭が悪い」や「あの人は口数が少ない人だから暗い人だ」など、ちょっとした偏見で他人を見ることは誰にでもあることだと思います。

しかし、その偏見が無意識のうちに人を傷つけるということを忘れてはならないと思います。

逆に「共感」とは、相手のことを思いやり、相手の立場に立って行動することです。私が女川に来てから、私の心に寄り添ってくれた友人たち。私の痛みを自分の痛みとして捉え共に乗り越えようとしてくれたことにとても感謝しています。

だからこそ、自分もまた、傷ついている人がいたら共感し、手を差し伸べることのできる人間になりたいと思うようになりました。私は将来、自分を救ってくれた人達のように、苦しむ人の小さな助けになりたいです。

この作文は「多くの人に読んで貰いたい」とSNSで拡散されています。多くの人がこの作文に共感するとともに、震災当時に「福島県民お断り」を実際に見たという人や、熊本地震の件でまだ偏見が残っていることを悲しむ声が聞かれました。

横浜の小学校で「原発いじめ」もニュースになったばかり。まだまだ偏見が根強く残っていることを感じるとともに、ネットを通じて共感する人が多くいることもまた事実です。

ネットでの反応

・途中で読めなくなる…あまりにもかなしい
・転校先で運が左右されることのない日本であってほしい
・まだこんなことがあるのか・・・しかも熊本で・・・
・「否定」や「偏見」は心の弱さの裏返し。「共感」は心を強くする

福島県民が抱える苦しみや、悲しみを表した非常に素晴らしい作品です。

震災から6年あまりたった今現在でもなかなか風評被害や、偏見はなくなりません。

一人でも多くの方にこの文章が読まれ、一刻も早く福島やその他被災地への偏見がなくなることを祈っています。


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