波田陽区が干された本当の理由…大物芸人を怒らせたのが原因だった…

あの人は今


2004年、「○○ですから~!残念!」というフレーズで人気を博した「ギター侍」波田陽区。軽快な毒舌漫才で一世を風靡しましたが、現在ほとんど姿を見かけません。一体どうしているのでしょうか?

「ギター侍」波田陽区が消えた?干された?

波田陽区は、2004年頃、着流し姿でギターを抱え、「○○ですから~!残念!」というフレーズで人気を博しました。

芸能人・著名人をイジリ、最後は「残念!」と切り捨てるという持ちネタから、「ギター侍」とも呼ばれていました。

軽快な毒舌と分かりやすい言い回しに、子どもから大人まで、当時は誰もが真似をしていましたよね。

@rn_onegi)さんの投稿

波田陽区は「ギター侍」でのブレイク以降、いろんな番組から出演オファーが殺到し、1日の出演番組は一気に4~5本へと増えたそうです。

当時は、CDをリリースすればオリコン4位、本を出せばミリオンセラーを記録、流行語大賞にもノミネートされるなど、まさに波に乗って怖いものなしの状態でした。

が、そのブームもあっという間に下火に………そこで、波田陽区は活動拠点を福岡に移したのです。

「自称、Uターン芸人です。」

引用元:Livedoor NEWS

波田陽区が東京から出身地である福岡県に引っ越したのは、2016年の3月のことです。

「正直言って、東京ではずっとくすぶってたわけですよ。ギャラはギリギリの生活にしかならず、まさに自分が『残念!』な状態 。」

「40歳を機に心機一転、実家の下関にも近くて住みやすい福岡で再起を期したってワケです。なんせ、家賃は東京の半分以下ですからね。ちょうど息子が小学生になるタイミングってのも背中を押しました」

引用元:Livedoor NEWS

波田陽区が消えた本当の理由

一時期はテレビや営業に引っ張りだこだった波田さんですが最近は全くと言っていいほど見なくなりましたね。

生き残ることが難しいお笑い業界、人気が出てもその後人気がなくなり「一発屋」と呼ばれてしまう方も多いですね。

波田さんもブームが過ぎただけの「一発屋」かと思っていましたが実はある人物を怒らせてしまったことが原因だったようです。

波田さんが怒らせてしまったその人物とは・・・

ビートたけしさんだったんです!

とあるビートたけしさんの冠番組に出演した波田陽区さん。

いつものようにギター侍のネタを披露したのですが、その時ネタにしたのが当時できちゃった婚をしたたけしさんの娘だったため、たけしさんが大激怒したそうです。

たけしさんがスタジオの椅子を波田さんに投げつけようとするのを共演者の今田耕司さんが必死に止め、なんとかその場はおさまったそうですが、その後のスタジオの空気は凍りついていたと言います。

この事件をきっかけにどんどん仕事は減り続け、ピーク時は3000万円近くあった月収もその後ほぼ無くなってしまいました。

波田陽区、地元福岡で地道に活動中

波田陽区の「○○ですから~!残念!」という毒舌漫談が大ブームを巻き起こしたのは2004年頃。

現在は波田陽区の姿をほとんど見かけませんが、 出身地・下関近くの福岡で活動していることがわかりました。

現在は情報番組『ガブリナ』にレギュラー出演するほど活躍していますが、すぐに仕事があったわけではありません。

@sarasaifu)さんの投稿

知名度はそれなりにありましたが、「ギター侍」以外のネタがなく、すっかり過去の人になってしまっていました。

しかも「ギター侍」で一世を風靡する大ブレイクを経験をしているためか、波田陽区は自分から仕事探しをせず、出演依頼が来るのをただ待っていたと語っています。

当時を振り返って、「天狗になってしまっていた」と反省の弁も。

しかし、現在では自ら挨拶周りをするなど地道な営業をし、少しずつ成果が出てきているようです。

波田陽区は「地元から愛される芸人」を目指して、今日も福岡で頑張っています。

波田陽区、年収が絶頂期の5分の1以下に…

「ギター侍」でブレイクしていた頃の波田陽区の最高月収は2800万円だったといわれています。

「○○ですから~!残念!」は老若男女にウケたネタですが、それにしてもすごいですね。

そんな人気も一年ほどで終わり、一発芸人となってしまった波田陽区は、拠点を福岡に移します。

が、テレビやラジオ出演の仕事はすぐにはもらえず

「最初のレギュラーの仕事は、海外用ポケットWi-Fiルーターをレンタルする『イモトのWiFi』の宣伝部長。週5日、福岡国際空港の出発ロビーでタスキをかけて客寄せに励んでました」

引用元:Livedoor NEWS

現在は一般のサラリーマン程度の収入で、妻と息子の3人で暮らしているそう。

「ギター侍」波田陽区、ブレイクのきっかけは意外にも…

再起の道を探りながら苦労していた頃、波田陽区の風向きがガラリと変わるできごとがありました。

それは2016の秋、リオ五輪の男子卓球シングルスで銅、団体で銀を獲得した水谷隼選手“波田陽区にソックリ”と話題になったのです。

このことで波田陽区は思いがけず脚光を浴びることに。

「あれは神風でした。NHK夜9時のニュースからもオファーがありましたから」

引用元:Livedoor NEWS

そんな中、2007年6月に2歳上の女性と12年越しの恋愛の末、結婚。2009年7月には長男を授かりました。

「嫁には水谷選手ネタで運が向くまで苦労かけてばかり。頭が上がりません」

引用元:Livedoor NEWS

波田陽区が師匠と呼ぶ卓球・水谷選手

卓球の水谷隼選手といえば、リオ五輪で、卓球のシングルスで日本人の中で初めてメダルを獲得した快挙で知られていますね。

水谷隼選手への注目が高まり、さらには「ギター侍」波田陽区の顔と似ていると言うことが評判になりました。

波田陽区にも、一気にメディア出演のオファーが増えたそう。

思ってもみなかったところからの恩恵に、波田陽区の家では水谷隼選手のことを『師匠』と呼んで崇めているそうです。

まとめ

『ギター侍』ネタで一時期大ブレイクを果たした波田陽区。

地元に近い福岡で地道にコツコツと努力を続け、現在は少しずつ仕事の成果が出てきているようです。

また、テレビであの『ギター侍』を見ることができる日が来るといいですね。