風見しんごの長女を轢き殺したトラック運転手は大手スポンサーだった


風見しんごの娘を轢き殺した事故で事故を起こした犯人が報道されなかったこと。みなさんは覚えているでしょうか?その理由が大手スポンサーだったこともわかっていますね。あの時の事件の詳細について振り返ってみましょう。

風見しんごのプロフィールと家族構成

あの恐ろしすぎる事件から約10年が経とうとしています。絶対に忘れてはいけません。あの事件から風見しんごの家庭に起こった出来事を振り返ってみましょう。

風見しんごという人物

風見しんご 娘

名前:風見しんご(かざみ しんご)
本名:大下義博(おおしたよしひろ)
生年月日:1962年10月10日
事務所:マスタープラン

1982年に欽ちゃんファミリーの一員として活躍してきた風見しんご。歌手や俳優、時にはダンサーとして幅広く芸能活動を行ってきた大物俳優ですね。

風見しんごの家族構成

事件の鍵を握るのは風見しんごだけではありません。家族そのものが大きな被害を受けました。風見家は妻・荒井晶子、長女、次女の4人家族でした。(当時)

荒井晶子プロフィール

名前:荒井晶子(あらい しょうこ)
本名:大下尚子(おおした なおこ)
生年月日:1967年7月20日

風見しんご 娘

風見しんごの妻・荒井晶子は元ミス日本。とても美人なお方で風見しんごの一目惚れだったとか。2人は1994年に結婚し、1996年には長女のえみる、2003年には次女のふみねちゃんを出産しています。

風見しんごの娘の事故詳細が生々しい……

風見しんご 娘

2007年1月17日、当時10歳の風見慎吾さんの長女(えみる)が通学時、3トントラックにはねられ、病院に搬送された後、死亡した事故がありました。

その詳細を綴った内容の一部がこちらです。

荒々しく部屋のドアが開く音と同時に妻の叫ぶ声がした。

「えみる!事故!えみる!」

ご近所の方が知らせに来てくれていた。

「気をしっかり持って下さい!」

何の事だか、意味がさっぱりわからなかった。

妻と共に事故が起きたというその横断歩道へ向かって走る僕の脳裏に浮かんだのは、手か足を折って、傷口から流れる血を押さえながら道端にへたりこんで大泣きしているえみるの姿だった。
(かわいそうに…。痛がってるかな。「大丈夫だよ」って抱きしめてやらなくちゃ)

風見しんご 娘

交差点までの距離は150メートル。100メートルほど直線道路を走り、角を曲がったとたん、現場の交差点の中に1台の大きなトラックが止まっているのが見えた。

どうやらえみるはあのトラックにはねられたらしい。

風見しんご 娘

僕は反射的にどこかで泣いているはずのえみるを探した。だが、えみるの姿はどこにもない。

誰かに教えられたのか、そのへんの記憶はあいまいなのだが、なぜだか僕は必死になってトラックの下をのぞき込んでいた。

両足が―普通では考えられない向きにへしゃげた娘の足が見えた。トラックのタイヤがえみるの腰のあたりに乗り上げたままになっている。

とにかくここから出してやらねば。僕は思わずトラックを1人で持ち上げようとしていたが、相手は荷物を満載した3トントラックだ。当然のようにビクとも動かなかった。

あまりにも無力な自分に、全身から力が抜け、手がプルプルと震えてきた。そんな中、僕が見たのは―、

「えみる、頑張れ、えみる」

と叫びながら果敢にもエンジンがかかったままのトラックの下に潜り込んででも我が娘を救おうとする妻の姿だった。

「エンジン早く切れよ!」

「救急車、まだ呼んでないのかよ!」

たくさんの人たちの尋常でない叫び声があちこちから響いた気がした。ジャッキを使っている時間はない。

気がつくと、20人近い人がそこに集まってきてくれてみんなで協力して娘をトラックの下から引き出してくれた。

頭蓋骨を骨折していたので、内出血がひどく、顔は腫れ、うっすら開いた目は出血で瞳の中まで真っ赤になっていた。

医者でない僕でも娘が瀕死の重傷であることはすぐにわかった。その光景はまさに地獄だった。

それからのことは断片的にしか記憶していないのだが、救急車に乗り込み、病院の搬入口に運び込まれていくえみるを乗せたストレッチャーのあとを、祈るような気持ちでついていったことだけは覚えている。

「えみるの赤いランドセル 亡き娘との恩愛の記」風見しんご 青志社 P25-28より

風見しんご「娘と酒を飲みたかった」

事件後、風見しんごは娘えみるちゃんの通夜の会見を開きました。事件に関わった関わらなかったに限らず、日本中の人がこの通夜に目を向けました。

風見しんご 娘

通夜の場で会見を行い、涙を流しながら

「娘と飲酒をしたかった」

と述べました。この会見の中で

「喧嘩嫌いだった長女のため」

として加害者への想いは一切述べませんでした。どれだけ辛い思いでこの会見を開いたのでしょう。本当は加害者に対して怒りさえも覚えたはずなのに……。

風見しんご 娘

【衝撃事実!】風見しんごの長女を引いたトラックは○○の搬送車

風見しんごの長女が、通学途中、青信号で横断歩道を渡っている時に、トラックにはねられ亡くなるという痛ましい事故。

あの事故の報道でおかしい、と思った方が少なくありません。その理由は通常、警察に置いてあるトラックをあのトラックが今回事故を起こした車です。というショットが流れるはずなのですが、ほとんど映っていないのです。

なぜ映らなかったのか、それは風見しんごの長女を轢き殺したのは、花王の配送車、花王ロジスティクスのトラックだったからではないかという話が上がっています。

しかも事故後、業務上過失致死罪に問われた元会社員の男には、

「禁固2年」

この判決について刑が軽すぎると非難が殺到していました。

風見しんご 娘

この件について、風見しんごさんは多くを語っていませんが、被害者ばかりにスポットが当てられ、スポンサーの圧力によって加害者は実名すら報道されてないという偏重報道に芸能界とマスコミの闇の深さが伺える案件となりました。

風見しんごの娘の事故に関するネットでの反応は?

「可愛そうだなぁ…」

「最近よくTV出てるけど、何だか見てて痛々しい。」

「被害者は全く非がないな。二年は少なすぎる」

えみるさんは横断歩道を青信号で渡っていたのにわき見か居眠り運転で事故にあっています。

しかも通行禁止のスクールゾーンに侵入していてたったの「禁固2年」です。

交通事故は民事(賠償金)との兼ね合いのため花王が相当の金額を出したのではないかという声も上がっています。

交通事故で少女をかばって片足を失った。10年後、その少女が結婚すると聞き・・・

風見しんご一家に襲いかかる悲劇、長男・実父も

2007年1月17日にあの忌々しい事件が起こって次の年、2008年に風見家に新しい生命を授かろうとしていた。
それは長男・こころくんの存在である。

風見しんご 娘

しかしここでも悲劇が……。こころくんはダウン症で死産となってしまいました。娘が事故で亡くなってから1年経たず。ここで家族が崩壊する寸前までにもなってしまったようです。

3度目は実父の”死”

2013年12月27日、娘えみるちゃんが亡くなって6年後に風見しんごの実の父親が認知症で他界。ここ10年の間で娘を合わせて3回も葬儀を行っている風見しんご。

かなり精神的にもまいっているのではないかと思われましたが、今でも芸能活動を行っている風見しんごの悲劇はまだ続くのでしょうか。

娘の死を経て、風見しんごの現在

あれから約10年が過ぎようとしていますが、風見しんごは現在どのような活動をしているのでしょうか?

風見しんご 娘

あの忌々しい事故が他の人に体験してほしくない……。このような思いで、現在は交通安全や講演などの啓蒙活動を積極的に行っているようです。

自分と同じ思いをして欲しくないと願い、各地に赴く。学校や地域の集まりで交通安全や命の大切さを訴え、年に50回を数えることもあった。

次女・ふみねちゃんの現在

長女と長男を不慮の事故で亡くしたが、次女のふみねちゃんは現在も元気に過ごしているとのこと。風見しんごと同様、舞台で活躍する女優を目指しているようです。

風見しんご 娘

高校はアメリカの学校に通い、語学を学びながら稽古に励んでいるようで、もしかしたら何年後に日本で活躍している姿が見られるかもしれませんね。