麻原彰晃の娘や妻の現在!三女・松本麗華はTV出演で話題に

あの人は今


オウム真理教の教祖であった麻原彰晃。日本の歴史上大惨事となった地下鉄サリン事件から20年以上の時を経ました。麻原彰晃の嫁や娘息子達の現在の様子を探っていきましょう。

麻原彰晃の子供は12人?14人?

オウム真理教の教祖であった麻原彰晃

オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件は、日本の歴史上の大惨事で、あれから20年以上経った今、麻原彰晃は死刑囚として東京拘置所に収監されています。

麻原彰晃逮捕後、性の奉仕など色々なオウム真理教内での麻原彰晃のやりたい放題の教祖ぶりが発覚し話題となりました。

@hyoleee_3446)さんの投稿

妻以外の女性信者との間にも子供がおり、麻原彰晃の子供は12人いると言われています。

妻の松本知子の子が6人(4人の娘・2人の息子)

石井久子の子が3人

木田裕貴子の子が1人

存在が明らかになっているのはこの10人です。

ただし、娘である松本聡香麻原の妻の松本知子が産んだ四女)は、著書の中で

父の子供は15人いると聞きました
父は4人の女性に自分の子どもを産ませたそうです

引用元:『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』

と綴っています。

麻原彰晃の妻、松本知子が産んだ子供たち

麻原彰晃の妻であった松本知子は、4人の娘・2人の息子、計6人の子を授かりました。

松本知子は6年間の懲役を済ませ、現在は関東地方にひっそりと暮らしているそうです。

・長女(ホーリネームはドゥルガー)

1978年生まれ。スーパーで万引き逮捕歴あり。教団での地位は正悟師、ならびに流通監視省大臣でした。

・次女(ホーリネームはカーリー)

1981年生まれ。2000年に三女と共に、長男を連れ去る事件を起こし、その後逮捕され保護観察処分となりました。

・三女(ホーリネームはアーチャリー、本名は松本麗華)

@mikoneko1010)さんの投稿

1983年生まれ。教団での地位は麻原に次ぐ正大師でした。

2004年に合格した和光大学から「麻原の娘」という理由で入学を拒否され、これを不当な扱いだと提訴します。

東京地裁は「出生の差別での入学拒否は違法」と認定し大学に30万円の慰謝料支払を命じました。

2015年、本名松本麗華としてマスコミに登場し、3月20日、地下鉄サリン事件から20年目の節目に手記『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』を出版しました。

@hasumitti)さんの投稿

さらに、2013年7月よりブログ「お父さん分かりますか?」を立ち上げ、父である麻原彰晃への思いを綴っています。

現在は次女と長男と暮らしています。

四女(松本聡香)

1989年生まれ。四女も転入拒否をされ、学校へ通う事がなかなかできませんでした。やっと通えるようになってからもいじめにあい、校長からも「父親の所行を考慮すれば貴方は死んでも仕方のない人間だ」と発言されたとも。

2003年、教団から飛び出し、江川紹子が後見人となったが後に辞任。現在は教団との関係を絶ち、漫画喫茶に寝泊まりする等、他の兄弟とは一線を引いて生活しています。

長男(皇子の称号)

1992年生まれ。姉たちと同じく最初は学校に通えなかったが、後に学校から受け入れられ通学できることになりました。学校生活を通じて友人も出来たそう。

@domitomi555)さんの投稿

2014年10月24日、Alephに対し「名誉棄損による損害賠償4000万円の請求、ならびに写真と名前の無断使用の禁止を求める提訴」を東京地裁に起こしました。Alephの教祖になるかのように扱われ大きな精神的苦痛を受けたというもので、長男はAlephとの密接な関係を否定しています。

現在は次女と三女と暮しています。

次男(皇子の称号)

1994年生まれで、地下鉄サリン事件の当時、1歳。春日部共栄中学校に合格したものの「麻原の息子」との理由で入学を拒否されました。のちに、憲法で禁止された不当な差別によって精神的苦痛を受けたとして、共栄中学校に損害賠償を求める訴えを起こしました。

現在は母親である松本知子と一緒に暮らしています。

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意見がぶつかり合う麻原彰晃の三女と四女

麻原の娘である松本聡香(松本知子が産んだ四女)は事件当初、幼すぎて何もわからず、後にインターネットでオウム真理教が起こした事件の概要を知ります。

その後2010年に、著書「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」を出版しました。

オウム真理教が起こした事件について、麻原彰晃死刑囚の四女、松本聡香だけが家族でただ一人、謝罪を口にしています

さらに、著書のなかで、被害者にとって事件が終わらないことを挙げて

「たくさんの方が亡くなった、父の死刑は絶対に執行されるべきだ」

引用元:「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」

と思いを綴っています。また会見で、「生んでもらった恩はあるけど、育ててもらった恩はない」「生みの親ではありますが、親として心に浮かべることは、あまりありません」とも。それを受けて三女は

「父が大好き」

「私だけは父を愛さないと」

とブログや著書、インタビューを通じて度々父・麻原彰晃への愛情を言葉で表現しています。

また四女は、三女の書いた手記『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』について「デタラメ」と言い切っています。

三女と四女は「父、麻原彰晃」への想いに関して意見がぶつかり合う形で反発し合い、現在は修復できないほどの溝ができています。

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石井久子が産んだ子供たち

石井久子は麻原のお気に入り信者の1人だったのでしょう。

1992年に流産するも、1993年12月に双子を出産 、1995年3月に1人出産、あわせて3人もの麻原の子供を産んでいます

石井久子は犯人隠避の容疑などで起訴され実刑判決を受けましたが、2000年に出所しています。

その際記者会見し「3人の子供と一緒に静かに暮らしたい」と話しました。

一時は病んでしまうほど精神不安定に陥り、父親と二人で生活していましたが、麻原彰晃との間にできた子供3人の所在や安否は不明です。

木田裕貴子が産んだ子供

オウム真理教信者であった木田裕貴子は18歳の頃麻原と関係を持ち、娘を出産しました。

事件後、木田裕貴子は母親と娘と3人で群馬県で暮しています。

まとめ

オウム真理教の教祖であった麻原彰晃。

日本の歴史上大惨事となった地下鉄サリン事件の首謀者として逮捕されてから、20年以上の時を経ました。

麻原彰晃の嫁や娘息子達の現在はそれぞれですが、「麻原の子」ということで社会的差別と戦っています。

自分自身では選びようのない運命を背負って生まれてきましたが、これからは自立した人生を歩んで行って欲しいと思います。