モハメド・アリ氏死去。元プロボクサーの訃報。また一人レジェンドが・・・



プロボクシングの元世界ヘビー級チャンピオン、

モハメド・アリ氏がアメリカ西部の病院で亡くなりました。

 

リングの外でもベトナム戦争への反対や、

人種差別、信仰の自由をめぐる言動で注目を集め、

20世紀の米社会を代表する人物の1人でした。

今回はモハメド・アリ氏の功績をまとめました。



プロ転向後の64年にヘビー級王者に挑戦。

前評判では不利とされたが、「チョウのように舞い、ハチのように刺す」という言葉通りに

ソニー・リストンを破り、世界王者となった。

同じころ、黒人指導者のマルコムXらの影響を受けて

イスラム教に改宗し、名前をモハメド・アリに改めた。

プロとして無敗のままだった67年、

信仰とベトナム戦争への反対を理由に米軍への入隊を拒否。

ボクシングライセンスを剝奪(はくだつ)され、

王座も失ったが、「私とベトコンの間に争いはない」

との言葉が有名となるなど、世論に影響を与えた。

 

70年にライセンスを再び取得してリングに復帰。

74年に、当時無敗の世界王者だったジョージ・フォアマンに勝利し、7年ぶりに王者に返り咲いた。

78年にレオン・スピンクスに敗れたが、

同年の再対決で勝ち、3度目の王者となった。


81年の引退後は人道的活動に力を入れ、

アメリカのレストランで受けた人種差別に抗議して、

ローマオリンピックの金メダルを川に投げ捨てたほか、

黒人の人権擁護を呼びかける集会に参加するなど、

人種差別の撤廃を国際社会に訴えました。

引退後は、難病のパーキンソン病を患って闘病を続け、

1996年のアトランタオリンピックの開会式では、聖火台に火をともしました。

 

また、アメリカ軍兵士の慰問などの社会活動を続け、

2005年には、アメリカ政府から、

最高の栄誉とされる「自由勲章」を贈られました。

国連の「平和大使」にも指名されたが、パーキンソン病を発症し、次第に活動が難しくなった。

近年は体調が優れず、入院を繰り返していた。

 

レジェンドがまた一人・・・

ご冥福をお祈りします。