大杉漣の若い頃と子供がイケメン!奥さんは貧乏生活を支えた恩人


2018年2月21日に亡くなった俳優の大杉漣は、若い頃不遇の時代を過ごしました。子供を授かり奥さんと結婚、40歳を過ぎてから1993年に公開された映画「ソナチネ」のオーディションに合格し、ようやくブレイクしました。

大杉漣の若い頃は不遇でイケメン?

大杉漣若い頃、イケメンだったと言われています。

大杉漣は、1973年に劇団の研究生となり、舞台俳優として活動、1980年からはピンク映画にも出演します。1989年以降は、Vシネマにも出演、1993年に公開された映画「ソナチネ」の北島組村川組幹部・片桐役にオーディションで選ばれ、俳優としてやっと成功します。

「ソナチネ」以前の出演作品

大杉漣の映画デビュー作は1980年公開の「緊縛いけにえ」で、 高橋伴明監督作品です。

上の写真の右側が「緊縛いけにえ」です。続いて、高橋伴明監督の「噂の女 朝まで抱いて」に出演しました。

こんな眼鏡もかけていたんですね。それに若い!そして、「変態(秘)産婦人科」で映画に初主演しました。

1981年には井筒監督の「ガキ帝国」で一般映画に初出演しました。この作品は大阪を舞台にした不良少年たちを描いた井筒監督の出世作で、現在は芸能界を引退した島田紳介が主演しています。大杉漣は富士ホールのマスター役を演じました。

@tokikoeさんの投稿

 

1984年に公開された周防監督の「変態家族 兄貴の嫁さん」に出演しました。この作品は成人映画ですが、小津安二郎のカメラワークを再現し、小津監督へのオマージュ作品となっています。

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1992年に出演した日本のスリラー映画「地獄の警備員」の監督は黒沢清です。

@toshiyukiishizu)さんの投稿

他にも数多くの作品に出演しております。

北野武の映画が転機に!

1993年に公開された映画「ソナチネ」で、初めてオーディションを受けた大杉漣は、2秒で採用され、暴力団幹部役を演じ、この作品以降、引く手数多の俳優となりました。

中央に北野武、右が大杉漣ですが、眼鏡をかけていないと大杉漣感が薄いですね。あと、背が高いのはわかります。178cmです。

眼鏡は大杉漣にとって欠かせない存在ということで、プライベート用が10本位、更に演技をする上で眼鏡にもこだわりがあり、役柄のために自腹で購入して、200本以上自宅に置いていたそうです。

@zaccogram)さんの投稿

大杉漣の奥さんと子供達の存在

大杉漣は1982年に結婚しました。ちょうどピンク映画に出演していた頃ですね。授かり婚だったそうです。お相手は大杉漣が所属していた劇団に研究生として入ってきた女性で、現在は一般人です。

大杉漣がまだ売れない時代で、パチンコなどの浪費癖もあり生活は苦しかったのではないでしょうか?大杉漣がバンドやギャンブルにはまり、出産費用を使い込んだこともあったそうですが、奥さんはそんな夫を献身的に支え続け、40歳を過ぎてようやくブレイクした大杉漣が2018年に亡くなるまで添い遂げました。

大杉漣の息子は写真家?

大杉漣の息子は、写真家の大杉隼平(しゅんぺい)で、大杉漣と同じ「ザッコ」という事務所に所属しています。

@harugarden25)さんの投稿

大杉漣と息子:隼平は、かなり仲が良かったようですね。隼平は、大杉漣の若い頃に似ているとも言われています。
@chan__chill)さんの投稿

大杉漣といえば少年のような笑顔ですが、息子の隼平には、寡黙で大人な雰囲気を感じますね。

大杉隼平は、日本写真芸術専門学校とロンドン芸術大学で写真とアートを学び、東日本大震災後は、東日本大震災の復興支援を目的としたチャリティ写真展を全国で開催しています。

イケメンでボランティア活動にも励む 大杉隼平、素敵過ぎますね。

実は大杉漣には娘がいた?!現在はパティシエ

実は大杉漣夫妻には、娘さんもいらっしゃるそうです。パティシエをしていると言われていますが、一般人のため詳しいことはわかりません。

大杉漣は、若い頃の下積み時代から夫を献身的に支えた奥さんと2人の子供に見送られ、惜しまれながらこの世を去りました。彼は作品の中で、これからも生き続けるでしょう。