西城秀樹が脳梗塞で逝去「ヤングマン」は今日もどこかの運動会で…

芸能


脳梗塞に倒れ闘病を続けていた西城秀樹が、16日、横浜市内の病院で亡くなったことが報じられました。この訃報を受け多くの追悼の声が広がっています。運動会の定番「ヤングマン」はこれからもずっと愛されることでしょう。

西城 秀樹、脳梗塞で逝去

「傷だらけのローラ」「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」などのヒットで知られる歌手の西城秀樹(さいじょう・ひでき、本名・木本龍雄=きもと・たつお)の訃報が伝えられました。

@ssssung27)さんの投稿

報道によると、5月16日午後11時53分、家族に看取られながら、急性心不全のため横浜市内の病院で生涯を終えたということです。63歳でした。

西城秀樹は2003年と11年に脳梗塞を発症し、右半身麻痺の後遺症が残っていました。4月25日に再び倒れ入院、そのまま帰らぬ人となったのです。

西城秀樹を襲った2度の脳梗塞

西城秀樹は過去に2度の脳梗塞を発症していました。

脳梗塞の原因はヘビースモーカーであったこと、多忙が招いた生活習慣の乱れなどが考えられますが、一般的には前触れもなくいきなり発症することで知られています。

西城秀樹が1度目の脳梗塞を発症したのは、は2003年6月21日、韓国・済州島での公演中のことでした。

「うまく歌えない。ろれつが回らない」と異変を訴えながらも、なんとかステージをやり遂げました。

当時ミュージカル出演にむけてダイエットに励んでおり、倒れる直前まで、韓国でもジムとサウナで汗を流すほどの元気な様子であったそう。

翌日に帰国し、都内の病院に直行。

「ラクナ梗塞」という脳血管末端の細い部分が詰まる脳梗塞と診断されました。

舌がもつれてうまくしゃべれず、歌手生命の危機とも言える「構音障害」の後遺症が残ります。

一時は精神的にも落ち込み「引退の文字もよぎった」と、西城秀樹は退院会見の時に語っています。

ですが、美紀夫人の支えと幼い子どもたちの存在を力に懸命にリハビリに取り組み、2カ月後の8月にはミュージカル「伝説のステージ」の舞台に立つまでに回復しました。

西城秀樹、脳梗塞でリハビリの現在が壮絶すぎる…壮絶なリハビリを支える原動力とは?

「不死鳥」のように復活した西城秀樹だったが…

その後もリハビリを続け、生活習慣を改善するなど再発防止に務めてきた西城秀樹でしたが、2011年暮れに2度目の脳梗塞に襲われました。

発見が早かったため大事には至らなかったものの、一部の脳細胞にダメージがあり、右半身が麻痺。舌も思うように動かなくなってしまいました。

再びリハビリに取り組み、後遺症が残る中でも講演会など積極的に活動をします。

復帰した姿をみせることで、同じ病や闘病に苦しむ多くの人を勇気づけてきました。

2012年2月26日にはイスに座ったままではありましたが、ディナーショーを開催。「ありのままの自分を見て欲しい」と仕事復帰を果たし、名曲の数々を熱唱しました。

脳梗塞で逝去した西城秀樹、「ヤングマン」は名曲

西城秀樹は、沢田研二らと並び、70年代を代表する歌手の一人です。

ミュージシャンとして輝かしい功績を残してきましたが、中でも1979年にリリースされた「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」はYMCAの振り付けでお馴染みですね。

今なお、世代を超えて愛されている名曲です。

この西城秀樹の「ヤングマン」は運動会の定番曲でもあります。

今年の運動会でも多くの学校でこの曲が採用され、青空の下「ヤングマン」のメロディが響き渡ることでしょう。

数多くのアーティストに影響を与えた西城秀樹の生き様

西城秀樹は名曲が多いだけでなく、絶唱型と言われる独自の歌唱法でも観客を惹きつけてきました。

叫ぶような、心の奥底から声を絞り出すような歌い方で情熱を表現する歌い方は、後進のミュージシャンに影響を与えました。

1997年7月24日発売の西城秀樹トリビュート・アルバム『西城秀樹ROCKトリビュート KIDS’ WANNA ROCK!』は、子供の頃、西城秀樹を見て育った”ヒデキ大好きロックミュージシャン”が結集して製作されたものです。

参加アーティストは

THE HIGH-LOWS、Gackt、橘高文彦、松岡充、真矢、ROLLY、MILLENNIUM EVE、サンプラザ中野、ダイアモンド☆ユカイ、森重樹一など

引用元:Wikipedia

また、モーニング娘。の19枚目のシングル「シャボン玉」は、つんく ♂ の西城秀樹へのオマージュが込められた作品だと言われています。

さらに、ヴィジュアル系エアーバンドのゴールデンボンバーの「ローラの傷だらけ」という曲は、西城秀樹の「傷だらけのローラ」のタイトルを引用したものです。

まとめ

2度の脳梗塞に倒れながらも懸命にリハビリに励んでいた西城秀樹が横浜市内の病院で亡くなったことが報じられました。

この訃報を受け、多くの悲しみの声が広がっています。

西城秀樹の名曲として知られる「ヤングマン」は、運動会の定番曲としてこれからも多くの人に愛され続けることでしょう。

末筆となりましたが、故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。