高橋みゆきが現在激痩せした理由とは?紳助組が影響か【画像】

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元女子バレーボール日本代表の高橋みゆき。最近テレビでよく見かけますが、現役時代より随分と痩せて綺麗になっていると驚きの声が上がっています。第1子妊娠を報告!!旦那の職業と年収は?

高橋みゆきが第1子妊娠を報告

元バレーボール全日本女子選手で、2004年アテネ、2008年北京五輪に出場した高橋みゆき

現在はタレントとして活動していますが先日、自身のブログを更新し、第1子を妊娠したことを明らかにしました。

@shin_miyukichi)さんの投稿

「私事ではございますが、この度第一子となる新しい命を授かりました事をご報告させていただきます」

「大切な命が元気に産まれてきてくれることを日々願って過ごしています。体調も落ち着き、仕事に関しましては周りと相談しながら進めて参りたいと思います」

引用元:高橋みゆきブログ

高橋みゆきは2000年に全日本初選出されて以降、アテネ、北京両五輪や世界選手権、W杯などで長い期間エースとして活躍しました。

引退後の2015年4月に一般男性との結婚を発表していました。

高橋みゆきが結婚していた!!旦那の職業と年収は?

高橋みゆきは2015年4月25日に結婚をしています。

両親も兄弟もバレーボール選手で、バレーボール一家で育った高橋みゆきですが、旦那は野球好きの一般男性とのこと。

一般人なので情報はほとんどありませんでしたが 、2016年に「中居正広のスポーツ号外スクープ狙います!」で共演したことで名前と顔が判明しました。

旦那の名前は倉本祐希、高橋みゆきの5歳年上ということです。

@shin_miyukichi)さんの投稿

仕事や年収については、調べても掴むことができませんでした。

高橋みゆきは現役を引退してから

「野球、サッカー、ボクシングなど他のスポーツの観戦を楽しむようになりました。」

とコメントしていたことがありますが、どう考えても旦那の影響ですよね。

バレー一家で育ちバレー一筋で生きてきた高橋みゆきにとって、異なったスポーツや違う世界のことを知るのは新鮮だったのではないでしょうか?

高橋みゆき、バレー引退後はタレントに?

高橋みゆきは、北京五輪終了後の2009年、所属していたNECを退団します。

その後エイベックスと専属契約を結び、芸能活動を開始しました。

ですがこれは引退ではなく一時休養だったようで、2年半ぶりの2011年に、トヨタ車体クインシーズに入団し現役復帰を果たしました。

休養中は、競技から離れ、ネイルやおしゃれを楽しみながらタレント活動やバレーボール以外のスポーツ観戦、格闘技を見に行くなど、色々なことを楽しんでいたようです。

@shin_miyukichi)さんの投稿

心機一転復帰した競技生活でしたが、結局1年ほどで終え、正式に引退しました。

その後は事務所をフレイヴエンターテインメントに移します。

バレー選手時代からいつも元気で明るく、ムードメーカー的なイメージが強いですが、その性格を生かして現在は全国各地でバレーボール教室を開いたり、スポーツやバラエティ番組に出演したりと精力的に活動しています。

高橋みゆきが痩せて綺麗になった理由

現役選手時代、がっしりとした二の腕と太ももが印象的だった高橋みゆき

引退後、テレビで見るようになって、「痩せていてびっくり」「綺麗になった」という驚きの声が聞こえてきます。

スポーツ選手は引退すると、筋肉が落ちて体形が変わってしまいます。

というのも、筋肉は放っておくと脂肪に変わってしまうからです。

@shin_miyukichi)さんの投稿

高橋みゆきは不要な筋肉を落として、とてもきれいに痩せているので何かしらのダイエットをしたのではないでしょうか。

妊娠前はジムにも通っていたとのこと。

高橋みゆきの大先輩、大林素子も引退後、モデル活動を視野にダイエットをしていた記憶があります。

高橋みゆきの激痩せに島田紳助が関わってる疑惑?

しかし高橋みゆきには一つだけ、引っかかる点があるんです。それは彼女が「元紳助喜び組」と呼ばれているメンバーの中に入っていることなんです。

@kiraraxishiroutigurupu)さんの投稿

紳助喜び組とは、元お笑い芸人の島田紳助がテレビで大活躍していた時、彼が司会を担当する自分の権力を使って、お気に入りのメンバーを何度も起用していたという問題です。

高橋みゆき以外に紳助組に入っていると言われているのが、ほしのあき・熊田曜子・伊東美咲・小林麻耶・ヨンアです。

ほしのあきは元愛人疑惑、熊田曜子は沖縄のホテルに一緒にいたところをキャッチされており、小林麻耶に至っては、スタジオに手をついないで入ってきたことがあるそうです。

紳助組と呼ばれる人たちには、島田紳助の番組に何度も呼ばれていたということが共通しています。

今では夫婦仲良く幸せそうに暮らす高橋みゆきも、当時は不自然なくらい島田紳助の番組に何度も呼ばれていたそうです。

でも…高橋みゆきだけ、

他のメンバーと比べるとちょっとタイプが違うような気も…しなくもありません。

他の人は自身が可愛い女性であることを売りにしている職業、いわゆる「見られる仕事」なのに対し、高橋みゆきは1人だけアスリートなので少し違うカテゴリーに属しているような気がするのです。

他のメンバーは怪しいとしても、アスリートだった高橋みゆきは「紳助組」と違うのではないか…と思うのですが、

ピュアだったアスリート時代の最後の方に声を掛けられていたとすれば、確かにあり得なくはない話なのかもしれません。

高橋みゆき、コートネーム「シン」の由来は?

高橋みゆきの愛称は「シン」

これはコートネームと呼ばれるもので、 特に女子のクラブに多いのですが、バスケットボールやバレーボールの世界ではコート内では名前で呼び合わず、コートネームで呼び合うことが通常です。

バレーやバスケのように展開が速いスポーツでは、名前で呼んでいる時間がないので、全員に2、3文字程度のコートネームがついているのです。

コートネームはその選手の特徴や期待を込めたネーミングが多く、上級生が考えてつけてくれるのが一般的です。

高橋みゆきのコートネーム「シン」も、「心(=シン)を鍛えるように」との意味が込められています。

この「心(=シン)」という名付けから、精神力について考えるようになり、「自分は追い詰められないと力を発揮できない」と気づいたそう。

@0v0.0x0.0u0さんの投稿

それからはあえて辛い環境に身を置くようになり、イタリア修行もその一環で、プレースタイルも言葉も全く異なる中で自分と向き合い成長したようです。

高橋みゆき、バレーボール一家に生まれる

高橋みゆきは山形県出身です。

実家は自動車整備工場を営んでいるそうです。

父(正)、母(美津子)、2歳年上の兄(正人)、2歳年下の弟(直人)、さらに4歳年下の弟(和人)の6人家族です。

高橋みゆきは4人兄弟の紅一点なんですね〜。

お父さんがバレーボールチームの監督をしていて、お母さんもお兄さんもバレーボールをやっていたので、高橋みゆきも自然な流れでバレーボールを始めたそう。

弟の高橋和人もバレーボール選手として活躍しました。

@maiko_hizabonsan)さんの投稿

現在は選手生活を引退し、日立リヴァーレで指導者をしています。

髭が似合いそうな濃い顔立ちで、イケメンですね。

高橋みゆきの子供時代・まとめ

バレーボール一家に育った高橋みゆきがバレーボールを始めたのは、小学校1年生の頃。

最初はスイミングやバスケットなどもやっていたそうですが、小学3年生の時に本格的にバレーボールの練習を始めました。

子供の頃も身長が低く、技術も飛びぬけて上手いわけではなかったようですが、練習が楽しく、小学6年生の時には「オリンピックに出たい。」と思うようになっていたそう。

高橋みゆきは身長170㎝とバレー選手にしては小柄ながらも、パワーや高さを技術でカバーし、相手のブロックを利用したスパイクやサーブで得点王を取ったこともあり、常にチームの要として活躍していました。

ポジジョンはウイングスパイカーで、ライトもレフトもこなせる器用な選手として重宝されていました。

そんな高橋みゆきが第1子妊娠とのこと、元気な赤ちゃんを出産することを心から願っています。