相模原の事件で「津山事件」が話題に!30人殺しの犯人・都井睦雄がヤバすぎる・・・

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津山事件を覚えているだろうか。

先日発生した、相模原・障害者施設殺人事件が

昭和史上最悪の事件の一つ「津山事件」を超えているのではないかと

ネットで話題になっています。


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津山事件とは

日本犯罪史上稀有な大量殺人事件。

1938年(昭和13年)5月21日、岡山県の農村で発生。

 

犯人・都井睦雄(22歳)は2時間足らずで村人30人を殺害。

いわゆるスプリー・キラー(spree=お祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎ)

短時間に不特定多数を殺害する殺人者のパイオニアである。

 

なぜ今、津山事件が話題に?

7月26日の午前2時45分頃、

神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」から

ナイフを持った男が侵入したとの通報があり、

死傷者45人が出るという凄惨な事件が起きました。

 

犯人は、この施設の元職員の男性で午前3時頃に自ら出頭、

既に逮捕されています。

 

残忍な事件であると共に、

短時間で45人もの人を傷つけたという部分において、

昭和史上最悪の事件の一つ「津山事件」を

超えているのではないかということから話題になっています。

 

津山事件の真相

犯人は都井睦雄(とい むつお)。

2歳で父を、3歳で母を、ともに肺結核で亡くしたため、

祖母が後見人となり、祖母に育てられた。

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二十歳までの睦雄は平凡だった。

勉強はそこそこできたものの、

病気による療養生活が長く無為な生活を送っていた。

 

思春期になれば女に興味を持ち、

その頃は普通の文化であった夜這いを繰り返し、

村の女と複数関係を持っていた。

そんな睦雄の元に徴兵が下ったが、結核を理由に不合格にされる。

当時、兵士になれない人は国の役立たずとして思われ、

非国民として罵られた。

 

村の女達からも相手にされなくなり、結核のため農作業もできず、

嘲笑の的になり、いじめられ、屈辱を存分に味わった。

睦雄の傷ついたプライドを修復する唯一の方法は

「自分を馬鹿にしたやつを全員殺すこと」だった。

一年かけて計画を練った。



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都井は事件の数日前から実姉を始め、

数名に宛てた長文の遺書を書いていた。

 

都井は最初に、自宅で就寝中の祖母の首を斧で刎ねて即死させた。

 

その後、近隣の住人を約1時間半のうちに、

次々と改造猟銃と日本刀で殺害していった。

被害者たちの証言によると、

この一連の犯行は極めて計画的かつ冷静に行われたとされている。

 

約一時間半に及ぶ犯行後、都井は遺書用の鉛筆と紙を借りるため、

隣の集落の一軒家を訪れた。

 

家人は都井の異様な風体に驚いて動けない状態だったが、

その家の子が以前から都井の話を聞きに来ていた縁から顔見知りであったため、

その子に頼み鉛筆と紙を譲り受けた。

都井は去り際にこの子へ「うんと勉強して偉くなれよ」と声をかけている。

 

その後、3.5km離れた仙の城と呼ばれていた荒坂峠の山頂にて、

追加の遺書を書いた後、猟銃で自殺した。

都井の遺体は翌朝になって山狩りで発見された。

 
猟銃で自らの心臓を撃ち抜いており、即死したとみられている。

都井睦雄の遺書

愈愈死するにあたり一筆書置申します、

決行するにはしたが、うつべきをうたずうたいでもよいものをうった、

時のはずみで、ああ祖母にはすみませぬ、まことにすまぬ、

二歳のときからの育ての祖母、祖母は殺してはいけないのだけれど、

後に残る不びんを考えてついああした事をおこなった、

楽に死ねる様と思ったらあまりみじめなことをした、まことにすみません、

涙、涙、ただすまぬ涙がでるばかり、姉さんにもすまぬ、

はなはだすみません、ゆるしてください、つまらぬ弟でした、

この様なことをしたから決してはかをして下されなくてもよろしい、

野にくされれば本望である、病気四年間の社会の冷胆、

圧迫にはまことに泣いた、

親族が少く愛と言うものの僕の身にとって少いにも泣いた、

社会もすこしみよりのないもの結核患者に同情すべきだ、

実際弱いのにはこりた、今度は強い強い人に生まれてこよう、

実際僕も不幸な人生だった、今度は幸福に生まれてこよう。

 

思う様にはゆかなかった、今日決行を思いついたのは、

僕と以前関係があった寺井ゆり子が貝尾に来たから、

又西川良子も来たからである、しかし寺井ゆり子は逃がした、

又寺井倉一と言う奴、実際あれを生かしたのは情けない、

ああ言うものは此の世からほうむるべきだ、

あいつは金があるからと言って未亡人でたつものばかりねらって貝尾でも彼とかんけいせぬと言うものはほとんどいない、

岸田順一もえい密猟ばかり、土地でも人気が悪い、

彼等の如きも此の世からほうむるべきだ。

もはや夜明けも近づいた、死にましょう。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/津山事件/

 

横溝正史『八つ墓村』となった事件

この事件は、映画・ドラマなどにも幾度となく取り上げられ、

最近でも2004年に稲垣吾郎主演でドラマ化されるなど、

1938年の事件発生から何十年と時を経た今も人々の心を捉え続けている。

 

犯行が行われた2時間足らずの間に28名が即死し、

5名が重軽傷を負った(そのうち12時間後までに2名が死亡)。

 

なお、犯行後に犯人が自殺したため、被疑者死亡で不起訴となった。

横溝正史が同じく大量殺人を扱った八つ墓村のモチーフにした事件とも言われる。

 

貝尾の人口は事件当時23世帯111人であったが、

2010年の平成22年国勢調査によると13世帯37人となっている。

うち単身の世帯が4ある。

 

直接被害者を出さなかった複数の世帯が事件後貝尾を離れているほか、

過疎化が進行しており、廃墟となっている家屋もある。

事件当時から貝尾に居住している人は既に一人もいないという。

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