【戦争の残酷さ】ウクライナの11歳男の子が瀕死から奇跡の復帰

2014年4月にウクライナ東部で紛争が勃発して以来、その犠牲者は民間人を含め1万人を越えています
そんな状況下で1人の男の子が戦争の犠牲者となってしまったのです。



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戦争の悲劇が産んだ11歳の犠牲者

※以下、ショッキングな画像を含みます。

2014年以来続いているウクライナ紛争により、それまで楽しく健康な生活を送っていた1人の男の子が2015年8月24日、その戦争の犠牲者となってしまいました。
今まで全くの健康体だったその少年は、この日の事故により、瀕死の状態となってしまったのです・・・。その事故後の彼の痛々しい姿がSNS上に投稿されており、その姿がこちらです。

ほんとに痛々しくて目を背けてしまいたくなるほど・・・。一体どうしてこんな悲惨な状態になってしまったのでしょうか・・・。

犠牲者となってしまった少年の名は「コルヤ・ニツェニコフスキー」。彼はこの日、友人と2人の弟と古い軍兵舎の近くで遊んでいました。
なぜこんなところで遊んでいたのかというと、「軍事基地にできる限り近づく」という遊びをしていたそうです。このくらいの年齢の少年達からしたら、一体軍事基地の近くにどんな危険があるか、想像もつかないでしょうし、むしろそのスリルさが楽しいという感覚だったと思います。

そんなゲームをしていたところ、4人はその軍兵舎近くの道路沿いの草むらで対戦車ミサイル」を発見してしまい、そうとは知らずにそのミサイルを手に取ってしまいました。

対戦車ミサイルには様々な種類がありますが、軽いものでも10kgほどの重さがありますので、10歳程度の少年が持ち上げることができるはずもありません・・・。
手に取ろうとしたミサイルは、落下してしまい、その衝撃で少年達の目の前で爆発してしまったのです。

その結果・・・コルヤの顔面はズタボロに・・・右腕と両脚はひざ下から吹っ飛ばされてしまい、バラバラの肉片となってしまうという瀕死の状態に。友人は片目を失ってしまい、残酷なことにコルヤの弟は一番爆発の近い場所にいたのか、即死だったそうです。

こんな即死してしまってもおかしくない容体でしたが、なんとか昏睡状態のまま一命をとりとめたコルヤ。これだけの重傷を負っているため、意識を取り戻した後も危険な状態は続いており、懸命な治療が続けられたそうです。

ただ、治療を続けるにも莫大な治療費がかかるため、母親の助けたいという想いとは裏腹に、完治するまで治療費を支払うことができないという問題に直面してしまいます。そんな絶対絶命な状況の中・・・コルヤを救った1人女性が現れました。


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幼い戦争犠牲者コルヤを救った1人の女性

それは、名前を「エレナ・クネヴァ」といって、地域活性化を目指す活動をする助成協会で働いていた女性でした。

こちらの左側の女性がエレナ・クネヴァさん。この女性が、コルヤの爆発事故を知り、彼の病院に面会にいき、そこから彼が社会復帰できるように様々な援助活動をしてくれたそうなんです。

彼女は、治療費用が足りないという状況を知り、カナダの援助団体に資金援助を求め、2015年12月までにカナダのモントリオールに渡航させるための資金を調達しました。

そこから、無くなってしまった脚に人口装具を取り付ける手術を受けたり、失ってしまった視力を取り戻すための角膜移植を受けるなど、何度も何度も手術を繰り返したそうです。

そんな手術やリハビリを繰り返すコルヤの頑張る様子を、エレナさんはFacebookを通して世の中に発信してきました。

このようなエレナの懸命な援助活動と応援を受け、コルヤはひたすらリハビリ活動に励み、2人の努力の結果ついに2016年11月22日にコルヤはウクライナに帰国しました。そんな現在のコルヤの姿がこちら。

ここまでの状態に復帰するまでに、壮絶な苦労と努力があったに違いありません・・・。コルヤの頑張りもあったでしょうし、何より援助活動をしてくれたエレナの力も大きかったと思います。

コルヤが復帰できた事実に心があたたまる一方、戦争が続く限りこのような犠牲者が増え続けてしまう・・・という事実を私たちは受け止める必要があります。一切の戦争がなくなることは非現実的かもしれませんが、このような犠牲がなくなる世の中になることを祈ってやみません。


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